毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

どうして「宇宙からの暗殺者」(1954)の映画が登場したか~「核のアイコン」から読み解く

ドラゴン・テール――核の安全神話とアメリカの大衆文化

ジェイコブス氏は科学文化史の研究家、「物理学者のリチャード・ファインマンは、核の臨界量の試験を「ドラゴンの尻尾をくすぐる」と表現した。「神秘的宇宙の入り口」に立った米国はその後、世代を重ねて核とどう向き合ったのか。」

  

大衆文化における新しい魔術、「核のアイコン」

核科学と錬金術、核科学と魔術的世界観が重なったため(五感で感じられない世界を語る科学的読み物からの連想)、自然を超越したなにやら深遠な意味が「核のイコノグラフィ(図像学)に付与されることになった。今日に至るまで、大衆文化に表れる核のアイコンは、いつもこの魔術のオーラに包まれている。原子力のイメージは錬金術で使う蒸留装置であり、どんなかたちであれ核を象徴するアイコンが大衆文化に登場する時は、程度の違いはあれ、新しい魔術とか社会変革の可能性を示す役割を果たすのである。(28ページ)

1950年代の映画は核実験があふれかえっていた。

1950年代のB級SF映画の大部分には、自然界には存在しない異常が脅威が描かれていたが、その出所は核戦争ではなく核実験だ。例えば「ゴジラ」(1954)や「原子怪獣現る(1953)とか。「宇宙からの暗殺者」などの異星人が侵略してくる映画とか、「放射能X」(1954)のように巨大昆虫が出てくる映画である。核実験で生まれた異次元の脅威あ映画の中にはあふれかえっていた。(38ページ)

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宇宙からの暗殺者

舞台はネバダ州。マーティン博士は核実験の事故で、行方不明になってしまう。妻エレンは実験の責任者の一人であるハンクス少佐に駆寄るが、『絶望的』という見解を聞き・・・・・

 

どうして今は核実験が映画に登場しないか?

連邦政府は部分的核実験禁止条約にすすんで調印し、その結果として核兵器を起爆する場所が地下深くまで掘られた縦穴の中へと移ったのである。こうして人々が日々暮らしているこの空の下では、核実験はもはや目にみえなくなった。(39ページ)

蛇足

映画に時代の暗黙知が込められている。

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