毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

奇跡の能~脳科学者の脳が壊れたとき

 奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

この本は2006年テイラー博士という神経解剖学者によって書かれた。執筆当時47歳、テイラー博士は37歳の時に脳卒中に倒れた。脳動静脈奇形(AVM)という先天的な障害が原因で脳卒中を発症した。当時テイラー博士はハーバード大学医学部で研究の第一線にいた。ある日AVMが破裂し、彼女の左脳に一部、ウェルニッケ野(言葉の意味を理解する能力)、方向公定位連合野(体の境界、空間と時間を認識する能力)に出血し脳を圧迫し脳障害が生じた。

 彼女は専門の研究者として脳卒中の過程で言語能力が失われていく様、環境と自己の区別ができなくなっていく過程を記録していく。

ユーチューブのテイラー博士の講演の映像

http://www.youtube.com/watch?v=BsSWaYITW4g

 脳卒中の発作が収まると早速リハビリを開始する。

ともかく、脳を癒す必要のあること、そしてできるだけ早く神経系を刺激する必要があることを、二人は(本人と看病に当たった母)は本質的に理解していました。私のニューロンは「失神状態」でしたが、専門的にみれば、実際に死んだのはわずかなニューロンにすぎません。(149ページ)

 彼女はその後血の塊を除去する外科手術を受け、機能回復を果たす。この過程で脳の学習や認識パターンなどを体感する。テイラー博士は脳にとって睡眠の重要性について言及する、赤ちゃんや子供がどうして睡眠を必要とするのかが論理的に分かった。新しい情報に触れれば触れるほど脳はそれを処理する時間が必要になるのである。

一方で左脳の機能に制約が生じた分右脳の機能が全面にでて、著者の言葉を借りれば「悟り」の感覚を体感する。

左の言語中枢が沈黙してしまい、左の方向定位連合野への正常な感覚のインプットを妨げられたとき、わたしに何が起きたかを、神経学的に説明できます。私の意識は、自分自身を固体として感じる事をやめ、流体として認識する。(宇宙と一つになったと感じる)ようになったのです。(221ページ)

右脳がすべての可能性をいわば宇宙全体の視点から肯定的に考えるのに対し、左脳は現在の環境から情報をまとめ実行可能な計画を立てる。テイラー博士は左脳と右脳の差を認識しどちらの脳に優先的に活動させるかコントロールする事でよりよく生きることができると言う、同感である。

 本書はテイラー博士がこの分野の専門家であった事、脳卒中から生還できた事、この2つの奇跡により、喪失と回復の物語、脳機能の本、人がより良く生きる為の考え方、様々な読み方ができる。

蛇足

「恐怖の定義は『誤った予測なのに、それが本当に見えること』。」(284ページ)