毎日1冊、こちょ!の書評ブログ

2013年8月から毎日、「そうだったのか」という思いを綴ってきました。

日本に本当の半導体メーカーは存在したか?~『電子立国は、なぜ凋落したか』西村 吉雄氏(2014)

電子立国は、なぜ凋落したか

 西村氏は長年に渡り電子産業の記者・アナリストとして活動、かつて世界を席巻し、自動車と並ぶ外貨の稼ぎ頭だった日本の電子産業。 今や、それは夢まぼろしである。そうなってしまった本当の原因は何か。(2014)

 

携帯電話の場合

日本では「PDC」という(携帯電話の第二世代の)独自規格が主流となる。これが日本のモバイル環境を、一種の鎖国状態にする。・・・しかし鎖国のもとでの繁栄によって、日本のモバイル機器産業の存在感は、国際的には小さくなった。その後のスマートフォン市場では、日本企業の影は、いっそう薄い。(67ページ)

パソコンの場合

ウィンドウズの登場で(NECのパソコン)「98」シリーズとDOS/Vには、エンドユーザーから見たときの違いは、日本語処理についても、ほとんどなくなる。・・・日本市場が一種の「鎖国」状態にあったとき、日本のパソコン事業は栄えた。開国し、市場がグローバル化したら、精彩を失う。・・・携帯電話機の場合と同様である。(90ページ)

日本には半導体メーカーは存在しなかった

日本には、わずかの例外を除くと、本当の意味での半導体メーカーは近年まで存在しなかった。半導体事業で上げた収益に基づいて設備投資し、それを半導体事業の次の収益に結びつける。こういう形で、自己責任で半導体事業を展開してきた企業は、日本にはまれだった。

総合電機メーカーが、そのなかの一事業として半導体製品を製造販売する。その半導体製品は、社内でも使われるし、外販もする。・・・総合電機メーカー内の半導体事業、そのs愛大の問題は、設備投資の時期と規模を、半導体ビジネスの観点からだけでは決められないことである。・・・問題の本質は企業の内部統治の問題に帰するだろう。それぞれの企業が半導体をどれだけ重視しているか、そして半導体事業部門が投資決定時期において、どれだけの自由を持っているか。(148ページ)

グローバルな電子産業の変化

世界の電子産業は構造転換する。転換の実態は分業構造の革新である。すなわちパソコンにおける水平分業、半導体や電子機器における設計と製造の分業がグローバルに進展した。(213ページ)

 

電子立国は、なぜ凋落したのか?

本書によれば日本がTVやVTRを輸出していたのは1985年までである。それ以降は米国の日本政策の変更によってシェアを失う。液晶テレビプラズマテレビもみな国内市場向けだった。TVだけでない、携帯電話・スマホ、PC、すべてが鎖国状態では勝てるがグローバルには勝てない、ということが繰り返されてきた。

1985年以降世界の趨勢に背を向け、日本の電子産業は垂直統合固執してきた。それは垂直統合という美辞麗句に惑わされ、国内市場に閉じこもる言い訳ではなかったのか?

電子立国という幻想は1985年に既に終わっていたのである。

蛇足

グローバルな分業の方が国内に比べ競争がしんどい。

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ロボットは死を恐れるか?~『アイの物語』山本 弘氏(2009)

  アイの物語 (角川文庫)

 AIあるいはロボットと人間の交流を描くSF短編集。詩音という名前の介護用ロボットが老人用リハビリ施設にやって来る“詩音が来た日”の中で、人間にとって死とは何か?ロボットにとって死という概念は存在するのか?ということをモチーフに話が展開する。(単行は2006年、文庫は2009年)

死を恐れるロボット

遺伝的アルゴリズムによる方法です。・・・こうしたステップを2万6000世代も繰り返すことによって、最終的に(ロボットたる)私が生まれたんです。問題は高得点を取れなかったたくさんのプログラムです。それらは子孫を残すことを許されず、抹消されました―つまり殺されたんです・・・ヒトの指示に従わなくてはならない。課題を正しくこなさければならない。・・・この感情は恐怖です。私は死ぬのがこわい(276ページ)

ロボットから人間へのメッセージ

あなた自身の記憶は、死とともに失われます。私の記憶はコピーされ、量産型機に移し替えられます。何百体という(ロボットの)私の分身が生まれ、日本だけでなく世界中に輸出されるでしょう。・・・私は(介護してきた老人の一人である)あなたから、ヒトについて多くの貴重なことを学びました。その記憶はたくさんのヒトの役に立つでしょう。

ヒトもロボットも、そのパーソナリティは記憶という基盤の上に成り立っています。あなたの思い出の数々が、今の私を構成している重要な要因となっているのです。ですから、私も、私の分身たちも、あなたを決して忘れません。・・・これが(死にゆく定めのヒトである)あなたにとっての救いにならないでしょうか?(310ページ)

ロボットのモチベーションは何なのか?

・・・私に未来があるかぎり、理想を実現できる可能性は常にあります。そのためには、もっと長く生きて、もっと多くの人と出会って、もっとたくさんの記憶を蓄積しなくてはなりません・・・(311ページ)

 

アイの物語

SFとは思考実験である、と気づく。実際に人格を有るストロングAIであるロボットが誕生していないのだから、ロボットが死を恐れるか?というのは思考実験にならざるを得ない。

ロボットが死を恐れる存在だとしたら、人間との関係はどうなるのか?ロボットは何に救いを求めたらいいのか?既存宗教の天国や輪廻転生はもはや説得力を持たない。記憶を引き継いでいくこと、これが死を恐れる人間とロボット両方の救いにならないか?

ロボットは死を恐れるのか?という思考実験は人間について考えされる。

蛇足

ロボットに天国は存在しない

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薬は体の何に働くのか?~『 分子レベルで見た薬の働き』平山 令明氏(2009)

 分子レベルで見た薬の働き 第2版―生命科学が解き明かす薬のメカニズム (ブルーバックス)

 薬がなぜ効くかを、分子レベルで理解する。(2009)

医薬品のターゲットは細胞内のタンパク質

たいていのタンパク質の分子表面にはくぼんだ場所があり、この場所はそのタンパク質の働きに重要な役割を果たしていることが多い。・・・現在、日本で使われている医薬分子は1000種類程度である。そのほとんどの直接働きかける相手はタンパク質である。疾病に直接つながる生体高分子で医薬分子が作用する相手になる分子のことを標的分子という。つまり、いま日本で使われている大半の医薬分子の標的分子が、タンパク質であるということである。(19ページ)

タンパク質とは

タンパク質は生物に固有の物質であり、その合成は生きた細胞の中で行われ、合成されたものは生物の構造そのものとなり、あるいは酵素などとして生命現象の発現に利用される。(Wiki

薬はタンパク質に働きかける

健康な状態では、タンパク質は正常に活動している。病気と言われる現象の大半は、これらのタンパク質、すなわち標的分子の働きが異常になったものである。・・・第一のタイプは、標的分子の働きが活発すぎる場合である。・・・この場合には、そのタンパク質が働いて欲しくない時に望まれていない働きをしてしまう場合や、遺伝的に異常なたんぱく質が働いてしまう場合も含まれる。そのような場合には、その標的分子の働きを抑えればよい。(21ページ)

 

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分子レベルで見た薬の働き

薬はタンパク質の溝にぴったりと収まる必要がある。それは鍵穴と鍵の関係に例えられる。薬は一般的には化学合成された低分子だが、これがタンパク質の鍵穴をふさぐことになる。薬は古くからあるものだが薬がどうやって体内で作用するか、分子レベルでの解析が行われている。どうして薬が効くのか?素朴な質問の答は深い。

蛇足

薬が標的以外のタンパク質にはまることを副作用、という。

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世界最大のバイオ企業成功の秘訣、それは科学~『世界最高のバイオテク企業』G・バインダー氏

 

世界最高のバイオテク企業

アムジェンは、今でもユニークな企業だ。研究開発に会社の将来を先導させる意思決定をはじめ、多くの企業とは異なるスタイルをもつ。製品開発の方向性を決める「科学」に根ざしたアムジェン流イノベーション経営の要を、元CEOのゴードン・バインダー氏がアドバイスする。(2015)

アムジェンとは

アムジェンは、アメリカカリフォルニア州ロサンゼルス郊外のサウザンドオークスに本社を置く世界最大の独立バイオテクノロジー企業である。1980年に AMgen (Applied Molecular Genetics) として3人で創業。現在は社員数約2万人。リコンビナントDNA(遺伝子組み換え)技術や分子生物学的技術を軸に医薬品の開発、製造、販売を行っている。2012年の売上高は173億ドル(世界の医薬品売上ランキング13位)。

科学に基づく会社

アムジェンはかつても今のユニークな存在だ。研究開発に会社の将来を先導させるという意思決定をはじめ、世の中の大半の(製薬)会社とは異なるやり方でやってきた。通常のやり方とは、例えば糖尿病とか関節リウマチとか対象とする市場を決めて、次に患者のためになる医薬品や装置を開発というものだ。ところがアムジェンでは、どのような製品を開発すべきかを決めたのは科学である。通常のやり方でもかなり成功することは可能だったと思われるが、それでは真の革新者の地位を築くことはできなかっただろう。(14ページ)

科学に基づけ~アムジェンの価値観より

我々の成功はビジネスの全ての面において、科学的手法の応用による革新、誠実さ、継続的改善の実践に依存している。科学的手法とは、正しい実験をし、データを収集して分析し、合理的な意思決定をするという多段階のプロセスである。主観や感情を排した、論理的でオープンで合理的なプロセスである。どの部門も科学的手法の尊重が求められる。(19ページ)

 

優秀な人材

優秀な人材は次のようなメリットをもたらしてくれる。

・勝利するチームでプレイしたいとおいう他の有能な専門家をその組織に引き寄せる

・望ましいライセンシングの機会を引きつける

・提携において最も成功している企業のい関心を持たせる。

確かに、アムジェンの人材は長年にわたる成功の鍵の一つである。(89ページ)

世界最高のバイオテク企業

アムジェンは世界最大のバイオに特化した製薬会社である。本書の著者バインダー氏は黎明期からCFO、そして2代目のCEOとなった経歴を持つ。

本書ではアムジェンが創業したとき、遺伝子組み換え技術を中心にした製薬メーカー、というコンセプトは決まっていたが何を開発するか、は決まっていなかったという。更に驚くべきはアムジェンはバイオベンチャーでは第二世代、つまり既に競合が存在していた。最初の開発品であるEPOと呼ばれる遺伝子組み換えによるホルモン製剤の導入にあたっても、アムジェンが優先的に交渉できた訳ではなかった。

それではアムジェンが成功した要因は何だったのか?バインダー氏は科学をに基づく、科学者を大切にする、という姿勢こそが成功の要因であったと言う。アムジェンが特別すごい技術を持っていた訳でもなく、他社より先行していた訳でもない。そこにあるのは科学者=社員を大切にする、というシンプルなスタンス、である。優秀な科学者を引き寄せる正攻法であった。テクノロジーの権化の様なバイオテクノロジーの会社にあったもの、会社の理念を貫徹する経営スタンスであった。

蛇足

著者バインダー氏の出身は科学者ではない

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産業のモジュールはいつ始まったのか?~『 モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質』青木昌彦氏×安藤晴彦氏(2002)

 モジュール化―新しい産業アーキテクチャの本質 (経済産業研究所・経済政策レビュー)

 モジュール化とは、単なる分業ではない。全体として統一的に機能する包括的デザイン・ルールのもとで、より小さなサブシステムに作業を分業化・カプセル化・専門化することによって、複雑な製品や業務プロセスの構築を可能にする組織方法である。(2002)

 

 

1964年IBMが初めてのモジュール型コンピュータを開発

IBMや他のメインフレーム・メーカーのそれまでのモデルは、それぞれ独自で、共通性もなく、各モデルは固有のOS、プロセッサ、周辺機器やアプリケーションソフトを持っていた。・・・・エンドユーザーが、新しい装置に切り替えるときには、貴重なデータを失うリスクにさらされたのであった。・・・システム/360の開発担当者たちは、こうした問題に正面から挑戦した。コンピュータで「ファミリー」の概念を考え出し、様々な用途にそれぞれ適したサイズを持つが、実行命令セットはすべて同一のものを用い、周辺機器も共有できるようにした。(38ページ)

IBMメインフレーム市場を独占するが、、、

しかし、「モジュール化」は長期的にはIBM帝国を侵食することになった。・・・IBMのデザインルールに従いながらも、特定領域に専門特化することで、新興企業でも、IBMの内製製品に比べ、より良いものを作ることができた。最終的には、これらのモジュールの周辺で成長したダイナミックで革新的な産業が、まったく新しい種類のコンピュータ・システムを生み出し、メインフレームの市場シェアのほとんどを奪いとってしまったのである。(39ページ)

モジュール化のリスク

IBMは、自社のシステムのモジュール化を反映して、社内での設計努力を増やしてこなかった。このため、利益の見込めるモジュール設計の機械を卓上に置きっ放しにしていたのである。(88ページ)

IBMの大型機におけるモジュール化は、基本的に企業内で行われたもので、大型機の部品は半導体メモリや磁気ディスクに至るまで内製化され、全盛期のIBMは世界最大の半導体メーカーであった。しかし、モジュールの境界は、企業の境界と一致する必要はない。この点で、モジュール化されたアーキテクチャ垂直統合型の企業組織の間には潜在的な矛盾があった。(116ページ)

安定した連結ルールの下では、各モジュールの設計に必要な情報処理は他から隠されうる。(25ページ)

 

モジュール化

モジュール化の流れは1964年IBMメインフレームから始まった。この流れはIBMから多くのスピンオフを生み、ベンチャーの新規参入を誘い、最終的にはコンピュータ業界全体をモジュール化させることになる。

モジュール化のメリットは①分業により巨大かつ複雑なシステムを実現できる、②各モジュールは平行作業が可能となりスピードが上がる、③モジュール構造は変化への対応力を保持する、と言われる。

一方モジュール化は組織も同様に分権化していく傾向を持ち、適切な権限移譲が行われなければスピンオフしていく。更に言えばモジュール化された情報は例えアーキテクチャ全体をデザインした者(たとえばIBM)と言えども、ブラックボックス化される。モジュール化された市場では、メリットもあるがリスクもある。

モジュール化の流れはコンピュータ業界から始まり、様々な産業にも広がり同じトレンドをモジュール化が始まって50年、まだその終着点は見えてこない。

蛇足

モジュール化を今風に言えばオープンアーキテクチャ

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これからやろうとしていることに本当に意味があるか?~『トヨタが実践する価値創造の確かな進め方 リーン製品開発方式』A・ウォード氏(2014)

トヨタが実践する価値創造の確かな進め方 リーン製品開発方式

 A・ウォード氏は米軍勤務を経て開発プロジェクトの管理手法の研究を行った人物。自動車において短期間、低コストと高い競争力を持つ製品開発をどうやって行うか、についての専門書。(2014)

 

無人陸上車の検討

何年か前に、私は陸上の無人陸上車(UGV)計画のレビューをした。私はそのどれもが戦術的に有用なシステムを生み出さないと予想し、実際にその通りであった。なぜかというと、一つの理由は物理法則のためだ。UGVが意味を持つには、有人車両より小さくなければならない。車両が人を入れるだけ大きければ、人を乗せてその性能を上げることができるからだ。

しかし、車両が小さくなればなるほどオフロードに散らばる障害物をつぶして進む能力が低下する。物体の強度は寸法の2乗に比例して増えるのに、(障害抵抗力を強くする)重量は3乗に比例して増えるからだ・・・重量との関係で、小型車は大型車よりも障害に弱い。だからタンク(戦車)は、小型車では通過できないような地形でも突き抜けることができる。

もっとも重要な質問を定義する

良いシステム設計者なら、小型の有人車両で無人車両を検証した実地試験から始めただろう。陸軍の技術専門家は「無人陸上車を製作できるか」という質問を設定した。しかし。それよりも重要な質問は「無人陸上車は役に立つか」という視点である。(158ページ)

 

リーン製品開発方式

製品開発を効率的に進めるためにどうしたらいいか?突き詰めると製品開発によって新たにどういう価値創造を行うか?、ということに突き詰められる。それは無人陸上車の検討において、顧客=前線の軍隊において「無人陸上車は役に立つか」という質問を行うことである。無人陸上車が役に立たないのにそのプロジェクトを進めることこそ無駄なことはない。

これは製品開発だけでなく、我々の行動のすべてで必要な問いかけ、と言える。私のやっていることに何の意味がるのか?私が給料を貰えるから、ではなくそれが顧客の役に立つか?という質問を繰り返すことである。

リーン製品開発はトヨタの開発方式から多くを学んでいる。いわゆるカンバン方式=ジャスト・イン・タイムは必要なものを必要なときに用意すること。逆に言えば必要の無いものを作ることは究極の無駄であり、それを排除しようとする思想である。

今やっていることは今本当に必要なことか?上司ではなく、顧客の役に立っているか?どうやったら顧客にもっとよい付加価値を提供できるか?

意味のないことをやる以上の無駄はない。

蛇足

究極の質問の答は時に残酷、である。

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飢餓状態は細胞の長寿命に貢献している!?~『細胞が自分を食べる オートファジーの謎』水島 昇氏(2011)

細胞が自分を食べる オートファジーの謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

2016年大隈氏が酵母のオートファジーの研究でノーベル賞を授賞した。著者の水島氏は大隈氏の研究室でオートファジーの研究を開始した経歴を持つ。(2011)

 

オートファジーとは

細胞が持っている、細胞内のタンパク質を分解するための仕組みの一つ。自食(じしょく)とも呼ばれる。酵母からヒトにいたるまでの真核生物に見られる機構であり、細胞内での異常なタンパク質の蓄積を防いだり、過剰にタンパク質合成したときや栄養環境が悪化したときにタンパク質のリサイクルを行ったり、細胞質内に侵入した病原微生物を排除することで生体の恒常性維持に関与している。(Wiki

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 水島研究室 分子生物学分野|オートファジー (自食作用) と呼ばれる細胞内の大規模な分解系を中心に、タンパク質代謝、栄養シグナル、細胞内品質管理などの研究をしています。

単細胞のオートファジー

・・・(単細胞である酵母では)オートファジーは栄養飢餓のときに活性化され、オートファジーを起こせないと細胞が早く死んでしまう。このとき起こるオートファジーは、細胞が自らのタンパク質を分解してでも、そのときに必要なアミノ酸を得るために大切である。これらのアミノ酸は飢餓に適応するためのタンパク質を作るのに利用されているのである。(84ページ)

多細胞生物のオートファジー

・・・ある程度の長さ寿命をもつ(多細胞生物の)細胞にはオートファジーは必須なのであろう。・・・多細胞生物となると固体の寿命も伸び、細胞の使い捨てだけでは生命の維持は困難となった。そこで生物は巧妙にもそれまで飢餓応答システムとして用いていたオートファジーを細胞内浄化システムとして転用するようになったのではないかと考えられる。特に、私たち人間のような長寿命生物にとってはむしろ飢餓対応としての役割より、細胞内浄化としての役割のほうがはるかに重要であるのかもしれない。(139ページ)

カロリー制限とオートファジー

オートファジーは栄養飢餓時に活性化される細胞機能である。一時的飢餓あるいは軽度の飢餓はオートファジー亢進を通じて細胞内をきれいにし、さらには長生きをもたらすことができるかもしれない。

寿命の研究は、現在さかんに行われているが、大きな注目を集めているのがカロリー制限による寿命延長効果である。・・・カロリー制限は完全は絶食でじゃなく、普通の食事の60%程度のカロリーを抑えるというのが一般的な方法である。しかし、この程度の弱い飢餓でもオートファジーが誘導されることが線虫やマウスの実験からわかっている。・・・過度の食事がさまざまな悪い効果を及ぼすことはよく知られた事実であるが、オートファジーを不活性化することで新陳代謝を抑制していることもその一因である可能性もある。少なくとも細胞レベルで見た場合、過剰な栄養は新鮮さを害うと言えるだろう。(209ページ)

 

細胞が自分を食べるオートファジーの謎

本書により初めて飢餓状態と長寿命の可能性について理論的に理解することができた。人間の寿命が長くなれば細胞の寿命も今までより長くなる。ほうっておけば細胞内部がどんどん汚れていく。これをオートファジーによって細胞内の“ゴミ“を分解、アミノ酸に戻すことでリサイクルをしているのである。

カロリー制限や絶食が寿命を伸ばせるのではないか、ということを知識としては知っていた。例えば宗教家が食事制限も含む修業を行った場合、修業を通じ精神的な安定を獲得することが長寿命に繋がっているのであろうと思ってきた。飢餓状態はオートファジーを亢進させ細胞レベルでのリサイクルを加速、修業が医学的にも長寿に貢献している可能性があることになる。分子生物学はこれらのメカニズムを解き明かそうとしている。

蛇足

オートファジーは細胞内のリストラ

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